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●「銀河3号」の飛翔コース(赤い太線)
『
JB Press 2012.04.11(水) 北村 淳:
http://jbpress.ismedia.jp/articles/-/34948
世界から失笑を買う「首都圏迎撃体制」、
北朝鮮衛星打ち上げの本当の危険性とは?
毎日4000人前後の日本人観光客が到着するホノルル国際空港。着陸態勢に入った飛行機の陸側の窓からパールハーバーを見下ろすと、巨大な白い球状の物体が軍艦に交じって湾内海上に浮かんでいるのに気がついた人も少なくないと思う。
これはアメリカ国防総省ミサイル防衛局(MDA)が運用する弾道ミサイル防衛システムのセンサーの一種で「SBX」(Sea-based X-band Radar:海上配備Xバンドレーダー)と呼ばれる巨大レーダーシステムである。
直径36メートルの巨大ドームの中には、有効範囲およそ2800マイル(4660キロメートル)の超高性能レーダーが収まっている。
アメリカ西海岸シアトルの球場でイチローが打った野球ボール大の物体を、4400キロメートル離れたハワイ・パールハーバーのSBXは関知することが可能なのである。
このSBXが3月23日にパールハーバーを出港した。
国防総省ミサイル防衛局は、今回の出動が4月中旬に強行されるかもしれない北朝鮮の「銀河3号」発射を追尾するためなのかどうかについては「明言できない」と述べ、「弾道ミサイル防衛システムの作戦の一環」とだけ語った。
そして、4月3日にペンタゴンのスポークスマンは、
「北朝鮮がアメリカはじめ国際社会の反対を無視して人工衛星打ち上げに踏み切った場合、アメリカ軍は北朝鮮のミサイルを完璧に追尾する態勢を取っている」
と語った。
つまり、SBXは、テポドン2号改良型あるいはテポドン3号と見られている「銀河3号」を徹底的に追尾して各種データを得るアメリカ軍の作戦の一環として、西太平洋上に展開しているのである。
■アメリカ国防当局は何に関心を抱いているのか
実は、オバマ政権による大幅な防衛予算削減により、2013年度SBX運用費も大規模な削減が決まった。
そこで、翌年度以降の予算を少しでも復活させるには、SBXの威力をワシントンの政治家たちに「目に見える形」で見せつける必要がある、といった穿(うが)った解釈も可能ではある。
しかしそれ以上に、アメリカ国防当局にとり最大の懸案事項の1つである北朝鮮の弾道ミサイル能力の進捗状況を測定するという戦略目的が重要である。
そのため、SBX以外にも、第7艦隊の巡洋艦や駆逐艦に搭載されたAEGISシステムや、中国・北朝鮮の弾道ミサイル発射を監視し続けている偵察衛星などのセンサーが総動員されるのはもちろんのことである。
アメリカ国防当局にとっては、「銀河3号」が故障し、飛翔経路が大幅にずれて破片等が沖縄米軍基地に落下する、といった、確率としては極めて低いシナリオに対する関心などほとんどない(もっとも、嘉手納航空基地に設置されているPAC3が常に警戒態勢を維持しているのは、軍隊である以上当然のことである)。
あくまで、
「北朝鮮が近い将来アメリカ領域に対する弾道ミサイル攻撃能力を備えるのかどうか?」
「その進み具合はどの程度なのか?」
に関するデータを収集することに関心があり、そのための観測作戦を展開しているのである。
■北朝鮮を通してイランの弾道ミサイル能力を検証
アメリカ国防当局が「銀河3号」すなわちテポドン2号改良型あるいはテポドン3号の性能を把握することにより、北朝鮮による対米脅威の度合いが推定できるのは当然であるが、現在、アメリカ国防当局にとってもう1つのさし迫った軍事的脅威であるイランの弾道ミサイル能力を検証することにもなる。
なぜならば、北朝鮮とイランのミサイル研究開発陣は密接な交流を続けており、両国の弾道ミサイルは、“姉妹”ないしは“従姉妹”関係にあるからである。
イランと直接的に対峙しているイスラエルでは、イスラエルを代表する弾道ミサイル専門家であるテル・インバー氏やイスラエルの日刊紙「ハヨム」が、北朝鮮が今回打ち上げる「銀河3号」の1段目ロケットの母体となっている弾道ミサイル「ノドン」がイランの弾道ミサイル「シャハブ」の原形であること、そして、イランは現在「シャハブ」に改良を加えてアメリカを攻撃可能な大陸間弾道ミサイルを開発中であることを紹介している。
さらに、「銀河3号」打ち上げは北朝鮮とイランのミサイル共同開発が引き続き進展している証左であるということも指摘している。
もし、「銀河3号」の性能が、2009年に本州上空を飛び越えて太平洋に落下したテポドン2号に比して然るべき進歩をしていたならば、北朝鮮とイランが大陸間弾道ミサイルを手にする日がますます近づいているということになる。
すると、アメリカ国防戦略も、中国とロシアに加えて、北朝鮮とイランに対する戦略の再構築を迫られ、現行の軍事費削減政策それ自身も根本的に見直さねばならなくなる。
イランが大陸間弾道ミサイルを手にすれば、アメリカだけでなくNATO諸国も国防政策を大幅に見直さねばならなくなる。
■台湾の国防当局とメディアの反応
後述する地図に示したように、沖縄本島は「銀河3号」の飛翔予定経路までの距離(最も近い海岸線からの平面距離)が350キロメートル。台湾はさらに近く260キロメートルである。
その台湾では、万が一「銀河3号」のなんらかの残骸が落下してきた場合に備えて、台北市や台湾東岸に配備されている対空ミサイルの「PAC3」と「天弓3」が対応する模様である。
台湾国防当局は
「軍事作戦に関わる事項なので、詳細に関しては明言できない」
とPAC3の作戦状況を公表してはいない(これは秘密主義ではなく当然の対応)。
また、台湾国会で挙がった
「PAC3でミサイル残骸が迎撃できるのか?」
という疑問に対して高華柱国防大臣は、
「日本自衛隊のPAC3で迎撃できるということは、台湾軍のPAC3でも迎撃可能ということである」
という見事な答弁を行っている。
●発射されるPAC3(写真:Lockheed Martin)
台湾軍のPAC3は、圧倒的な各種ミサイル攻撃力を有する中国人民解放軍によるミサイル攻撃への対抗策の1つであり、最近「PAC2」からアップグレードされたPAC3が台北南港区に配備されている。
これは、何も「銀河3号」打ち上げに備えて慌てて配備したわけでなく、常日ごろから中国人民解放軍による首都台北に対するミサイル攻撃に備えている台湾軍にとっては日常的オペレーションと言えよう。
したがって、政府やマスコミの論調も、「銀河3号」の破片ごときが降ってくる可能性(中国軍のミサイル攻撃よりも低い)程度で慌てふためいているような状況は見られない。
ただ台湾のメディアには、これを契機にPAC3の取得状況やその性能等を論じているものも見受けられる。
■幼稚な日本政府首脳と恐怖心を煽るマスコミ報道
このように、北朝鮮の「銀河3号」のデータ収集はアメリカとその同盟国にとって戦略的に重要なのであり、アメリカ国防当局はその範囲内での作戦を実施している。
また、台湾政府の反応も、あくまで通常の防衛態勢の一環として冷静に対処している。
一方、日本政府の対応を見ているとまるで“子供”のようである。
北朝鮮が“人工衛星”打ち上げを表明するや、防衛大臣が
「弾道ミサイルの破壊措置を命じることを考えている」
と国会で表明し、やがて政府が「破壊措置準備命令」を、引き続き「破壊措置命令」を発して自衛隊の具体的な動きが始まると、マスコミは以下のようなタイトルで報道を開始した。
「田中防衛相、破壊命令決断へ」
「PAC3を首都圏でも配備」
「政府“ミサイル”に備え破壊措置命令を発令」
「ミサイル迎撃部隊が移動」
「PAC3の展開開始 自衛隊が迎撃態勢」
「北ミサイル迎撃へ、イージス艦『きりしま』出港」
「PAC3搭載の輸送艦出港 呉基地から宮古島へ」「石垣島に自衛官450人 PAC3配備伴い」
「PAC3が那覇と宮古島に到着」
「石垣島に迎撃用のPAC3到着」・・・。
これでは、弾道ミサイルやロケットに関する専門的知識を持たない多くの人々は、
「北朝鮮が恐ろしいミサイルを打ち上げ、日本領域に落下する可能性があるらしい」
「もしミサイルが落下してきたら、自衛隊が撃ち落とすようだ」
と考えてしまいかねない。
日本政府の反応はまさに過剰反応であり、冷静さを欠いている。
そして、「破壊措置命令」発令状況や、自衛隊による「イージスBMDシステム」「PAC3」といった弾道ミサイル防衛システムの展開状況、さらには「実包を装填した小火器で武装した自衛隊員の出動」に至るまで逐一克明に伝えるマスコミの報道は、一般国民に
「北朝鮮のミサイルが日本領域に落下してきそうだ」
という恐怖心を煽るような効果を助長してしまっている。
これに対して政府首脳や国防当局から分かりやすい形での説明はなされていない。
このような状況では、普通の国民ならば心配になってしまうのは当然である。
また、軍事を知らずに平和を唱えている“ナイーブ”平和主義者たちからは「沖縄を戦場にさせないぞ」(時事通信社:4月3日)といった類いの声が上がる結果となってしまうのもいたしかたない。
首相は国防能力ゼロの防衛大臣を「無知の知」と防衛したが、軍事的脅威に関する「無知」はあらぬ不安を多くの国民に植え付け、「無知から生じた不安」が高じて戦争へ突き進んだ事例は少なくない。
日本政府には、この種の軍事的命令を発令したことを公表する場合、少なくとも「脅威の本質」や「被害発生の可能性の程度」を人々に分かりやすい形で説明する責任がある。
■人間の生活空間に残骸や破片は落ちてくるのか
かつてホノルルの新聞社が、パールハーバーを母港とする原子力潜水艦に関して海軍に以下のような問い合わせをしたことがあった。
「中国がパールハーバーに対して弾道ミサイル攻撃を加えた場合、パールハーバーに停泊中の原子力潜水艦をミサイル弾頭が直撃して原潜の原子炉が爆発する可能性はどの程度なのか?」
もちろんこれは笑い話の類いなのだが。
このような事態が生ずる可能性は、ゼロではないが限りなくゼロに近く、アメリカ軍は原子力潜水艦を敵弾道ミサイルの直撃から防御するためのPAC3などは配備してはいない。
アメリカの弾道ミサイル専門家たちによれば、今回の「銀河3号」打ち上げに際して飛行コース直下や周辺の人間が生活している地域に、切り離されたロケットの残骸やミサイルの部品あるいはミサイル自体が落下して人家や人間に被害を与える可能性は、上記の“笑い話”と大差がない程度ということである(本稿では、バラバラになって落下してくる「銀河3号」の多数の残骸をPAC3で迎撃する効果についての、それら専門家たちの議論には触れない)。
北朝鮮から国際海事機関(IMO)に提出された「銀河3号」のフライトプランをもとに4月中旬に東倉里基地から発射されるであろう「銀河3号」の飛翔コースを図示してみた(日本政府版の地図は 国土交通省のサイト内「詳細別紙」参照)。
東倉里から南下する赤線が「銀河3号」の飛翔予定コースである。
●「銀河3号」の飛翔コース(赤い太線)
飛翔コースに、平面的に最も近いのは、その上空を通過する石垣島をはじめ宮古島から与那国島にかけての先島諸島である。
韓国の陸地で飛翔コースに最も近接している地点はおよそ120キロメートル、中国のそれは250キロメートル、台湾は260キロメートル、フィリピンは200キロメートル、そして沖縄は350キロメートルとなっている。
「銀河3号」は3段式ロケットであり、1段目のロケットは「銀河3号」全体を発射台から上空に押し上げて加速力をつけ、2段目のロケットに点火されると切り離されて、その残骸は地図の「A」エリア内に着水する。
そして2段目のロケットにより「銀河3号」はさらに推進力をつけ高高度に向かい、3段目のロケットに点火すると、切り離された2段目ロケットの残骸は「B」エリア内に着水する。
地球を周回する軌道に向けて人工衛星「光明星3号」が放出されると「銀河3号」の役目は終了し、3段目ロケットは落下するが、大気圏再突入の際に木っ端みじんになり燃え尽きてしまう。
弾道ミサイルやロケットの専門家によると、上述したように人間の生活空間に残骸や破片が落下する可能性はほとんど考えられないが、もし“異常に心配性”の人ならば、「銀河3号」通過時間帯に「A」エリアから100キロメートル程度離れた韓国沿岸域、あるいは「B」エリアから200キロメートルほど離れたフィリピン沿岸域で海水浴をしない方が精神衛生上良いかもしれない、という脅威レベルである。
■打ち上げに失敗した韓国ロケットとの比較
ちなみに、韓国が2010年6月10日に打ち上げて爆発・墜落した「羅老2号」の飛翔予定コースを地図上に青線で示してみた。
2段式ロケットの「羅老2号」は、沖縄本島の上空を経由して宇宙空間に人工衛星「STSAT-2B」を送り届ける予定であったが、発射後2分17秒後に爆発を起こして墜落してしまった。
残骸は地図上「C」のあたりに着水した。
「羅老2号」打ち上げに際しては、沖縄上空を通過するため日韓両国政府により安全性の確認に関する協議が行われた。
韓国側の説明によると、「羅老2号」が沖縄周辺上空を通過する際の高度はおよそ200キロメートルに達しており、沖縄諸島に対する危険性は全く生じないとのことであった。
日本政府は、“沖縄上空を通過する「羅老2号」”は韓国側の説明のように危険性には問題がないため、「破壊措置命令」を発布しての大がかりな“迎撃態勢”は敷かなかった。
地図を見ると一目瞭然なように、「東倉里」発射基地と石垣島の距離、ならびに「羅老」宇宙センターと沖縄の距離から判断すると、「羅老2号」が沖縄上空を通過する際の高度が200キロメートルならば、「銀河3号」が石垣島周辺上空を通過する際の高度は少なくとも200キロメートル以上であるのは容易に予想がつく。
それにもかかわらず、なぜ今回日本政府は「弾道ミサイル破壊措置命令」を大騒ぎをして発令したのであろうか?
「銀河3号」が打ち上げに失敗し先島諸島に残骸・破片が落下する可能性が低くないという極秘情報を日本政府は手に入れたために自衛隊を出動させているのであろうか?
■どこをどう間違えると東京に破片が降り注ぐことになるのか
「銀河3号」飛翔コースの直下に位置する石垣島や宮古島にはそれぞれ1基のPAC3が、そして飛翔コースから平面距離で350キロメートル程度離れている沖縄本島にも2基のPAC3が配備されている。
これらの配備は、
「万々が一の場合に、多数の沖縄県民をミサイルの破片から護るため」
との、つまりは「備えあれば、憂いなし」との説明がつかなくもない。
しかしながら、市ヶ谷の防衛省をはじめ東京周辺に合計3基のPAC3を展開して迎撃体制を敷かせた“首都圏迎撃態勢”は、まさに日本政府の過剰反応と見なされても致し方ない。
日本政府首脳ならびに防衛当局は、
「東倉里から発射される『銀河3号』の発射方位が東に75度(!)ずれて東京方向に飛翔する可能性がある」
といった極秘情報を入手したのだろうか?
軍事的に考えて合理的な範囲での“迎撃態勢”でなければ、国際社会とりわけ各国の国防当局からの嘲りを受けてしまいかねない。
もちろん、ゼロに近いとはいえ完全にゼロではない「銀河3号」の残骸落下から国民の生命を保護するために弾道ミサイル防衛システムを配備することは、「限られた国防予算や自衛隊員の労力の無駄遣い」との誹りを受けかねないものの、「誤りである」とは言えない。
しかし、軍事作戦発令状況をマスコミにこれ見よがしに垂れ流し、貴重な国防資源を政治的パフォーマンス(もっともピント外れではあるが)の道具に使う政府の態度は許されない。
日本政府は、少なくとも本稿で記述した程度の
「北朝鮮による『銀河3号』打ち上げに伴う脅威の度合い」
を国民に分かりやすい形で周知徹底させるとともに、
「政府の責任において迎撃態勢が不可欠との判断に至ったため、自衛隊に“弾道ミサイル迎撃態勢”を下命した」
事情を国民に説明する政治的責任がある。
』
今回のPAC3の動きは対中国を想定した演習訓練である。
北朝鮮の動きをあたかも棒のように大きくみせ、そうすることによって中国との有事を想定した訓練演習を行うのが日本の狙いである。
先のテポドンの時もそうである。
もし、テポドンでなく、中国国内から日本に向けてミサイルが発射されたら、という想定で防空の見直しが実行された。
先日は北海道から九州に戦車をおおがかりに移送させて、大分で訓練をした。
この内容はあからさまで、中国が沖縄あるいは九州に侵攻してきたとの設定であった。
今回の北朝鮮のミサイル実験は日本にとって、「カモがネギ背負ってやってきた」みたいなものである。
焼き鳥のついでに鍋も作ってみました、てなところだろう。
ちょうど尖閣諸島で軍事対峙が発生しやすくなっている時況で、まったくいい口実でPAC3の南方移転の訓練をすることができた。
通常ならこうはいかないだろう。
PAC3をおおがかりに移動させるということは、国民の不安をあおることになるし、中国もクレームをつけてくるだろう。
もし、
尖閣諸島で何かあったらすぐに対応きるように備えておく
というのが、いまの日本にもとめられている軍事的課題の一つである。
それを何の障害もなくあからさまに訓練できたということになればバンバンザイでる。
言い換えると、
「もし尖閣諸島で有事が発生したら、すぐに日本はこのレベルの対応はする」
といったデモンストレーションを中国に見せつけたということになる。
尖閣諸島に手を出したら「動くぞ !」といった脅しとも見受けられる。
この程度のことはどの国でもやっている。
政治的イロハである。
つまり、今回のことはミサイルに事をからめての、対中国への動きだ、ということは日本国民の誰もが認識しており、マスコミもそれを口にしている。
ただ、この記事の筆者は見事にそのことを落としている。
おそらく意識的にやっているのだろう。
ときどき「JB PRESS」はこういう作文をやる。
小さな眼の前のこと大掛かりに言い立てて、裏に潜んでいるものを隠そうとする。
よくあるマスコミメデイア利用の方法だが、
どこかで政府や自衛隊あたりとリンクしているのではないか
とその裏を勘ぐってしまう。
世界から失笑を買う「首都圏迎撃体制」、なんてタイトルは実にうまい。
日本を無能に見せかけている。
でもその背景では着々と抑えを固めている。
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